三菱重工

1.概要

三菱重工業株式会社は、明治17年創立以来、130年以上にわたって時代とともに歩み、ものづくりとエンジニアリングのグローバルリーダーとして活躍している企業です。 社会の進歩に貢献するというミッションのもと、陸・海・空・宇宙という幅広いフィールドで日本と世界の最先端をリードしています。今回は三菱重工業が手がける様々な事業のうち、宇宙事業と民間航空機分野に焦点を当ててご紹介いたします。

宇宙事業

三菱重工業は日本のロケット産業の一翼を担っています。現在開発が進んでいるH3ロケットは、三菱重工業が宇宙航空研究開発機構(JAXA)と協力して開発を行っている日本の次世代ロケットです。今後20年間の世界で必要となるロケット像に応える形で、柔軟性・高信頼性・低価格の3つの要素を実現するロケットの開発を行っています。「柔軟性」の観点からは、複数の機体形態を準備し、利用用途にあった価格・能力のロケットを提供することや、受注から打ち上げまでの期間を短縮し、年間の打ち上げ可能機数を増やすことを目指し開発が行われています。加えて、H-IIAロケットの 高い打ち上げ成功率(後述)とオンタイム打ち上げ率(予定した日時に打ち上げられる率)を継承することにより「高信頼性」を、他産業の優れた民生品を活用するとともに生産形態を受注生産からライン生産に近づけることにより「低価格」を実現するべく開発が進められています。また、エキスパンダーブリードサイクル方式を採用した大型液体ロケットエンジン(LE-9)の開発など、H3ロケットの完成に向けて新しい技術への 挑戦も同時に行われています。現在、各種試験が行われ、初号機打ち上げに向け着々と準備が進められています。

三菱重工業はまた、小惑星探査機「はやぶさ2」を搭載して打ち上げられたH-IIAロケットや、宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)を搭載して打ち上げられたH-IIBロケット(運用終了)の開発・製造を担ってきました。H-IIAロケットの打上げ成功率は 97.8%(45機中44機打ち上げ成功)、H-IIBロケットの打上げ成功率は100%(9機全機 打ち上げ成功)と、高い信頼性、技術力を誇っています。

これらのロケット技術を生かし、人工衛星などの貨物を「決められた日に」「ご指定の場所に」「確実に」届けるための一連のサービスとして、「打ち上げ輸送サービス」 が2007年のH-IIAロケット13号機より開始されました。信頼性、確実性の高いロケット製造技術・打ち上げ技術を持つからこそ提供できる、使いやすく確実なサービスを展開しています。宇宙分野においては他にも小惑星探査機「はやぶさ」や太陽観測衛星 「ひので」の姿勢制御を行う化学エンジンの開発・製造や、国際宇宙ステーションの日本実験モジュールの一部製造が行われており、三菱重工業はまさに日本の宇宙開発をリードし、支える存在です。

民間航空機分野(構造体・航空エンジン)

また、三菱重工グループは航空機の機体構造や民間航空エンジンの設計・開発にも携わっています。機体構造においては、一例として民間輸送機ボーイング787の機体の一部設計・製造を担っており、旅客機では初めてとなる本格的な複合材主翼の製造を担っています。複合材主翼に用いられている炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は、従来の材料に比べ強度・剛性・耐食性に優れており、主翼の大幅な軽量化と従来機比20%以上の燃費向上を可能としました。加えて民間航空機用エンジンの一部設計・製造やエンジン全体の整備にも携わっており、日本、さらには世界の民間航空機産業界に欠かせない存在となっています。

2.名誘工場見学レポート

普段は内部に入ることのできない名古屋誘導推進システム工場(愛知県小牧市)を特別に見学させていただいた。そこで見たことや説明していただいたこと、感じたことなどを見学レポートとしてまとめた。

ロケットエンジン工場

第一工場に入り少し奥に進むと、クリーンルームの中に置かれた大きなロケットエンジンが目に入った。大小の配管が複雑に配置され、重厚な質感のある、高さ4m、直径2m近い巨大なエンジンである。

参考:LE-7Aエンジン JAXA筑波宇宙センター スペースドームで撮影

LE-7Aエンジンの概要について説明動画を試聴し、その後質問に答えていただいた。
LE-7Aエンジンは現在の日本の基幹ロケットであるH-IIA, H-IIBロケットの第一段に使用されているエンジンで、高い信頼性と高比推力を特徴としている。現在までにLE-7Aエンジンを搭載したロケットはH-IIA/H-IIB通算で54機打ち上げられているが、このエンジンを原因とした打ち上げ失敗は起こっていない。比推力とは簡単に言えばエンジンの燃費のことで、単位は秒で表される。この数値が高ければ高いほど燃費が良いことを示している。LE-7Aエンジンの比推力は440秒と世界で見ても最高水準である。

LE-7Aエンジンは液体水素と液体酸素を主なエネルギー源としている。まずこれらの一部を燃焼させてターボポンプを回し、残りのガスを加えて再度燃焼させる、二段燃焼サイクルというサイクルを採用している。このサイクルは複雑で制御も難しいため、開発には高度な技術が必要となり、実現したのは日本を含めて数カ国しかない。

今回見学した名誘第一工場ではエンジンの組み立てを行なっている。この大きく複雑なエンジンを組み立てるのをたった1ヶ月で完了してしまうそうだ。特殊な部品を利用していて、ものによっては調達に数年かかることもあるので、打ち上げスケジュールに沿って前もって製造しておく必要がある。

組み立ては機械ではなく手作業で行なっているというから驚きだ。パイプに巻いてあるアルミホイルのようなものは断熱材で、これも手作業で巻いているという。ロケットエンジンの中を流れる流体は、低い箇所では-250度、高いところでは3000度にもなり、これらが隣接してしまうとエンジンの動作に悪影響がでるので、断熱材がとても重要なのだ.

エンジンサイクルの図をみると、複雑とは言え配管は数本で済むような気もするが、実際のエンジンでは細い配管が多くついている。これらは不活性ガスなどを通すための配管だそうだ。

ここで組み立てられたエンジンは、秋田県にある田代試験場に運ばれ燃焼試験を行う.この試験場は東京ドーム25個分もの敷地を持つ広大な試験場で、LE-7Aエンジンを含め様々なエンジンの試験を行なっている。試験ではロケットに搭載する前に正常に動作することを確かめる。わざわざ秋田県まで運んで試験を行うのは、試験環境を整えるためだ。エンジンの燃焼では轟音がするため、近くに人が住んでいる場所では試験を行えない。一番近い民家が試験場から半径 10km圏外にある場所ということで、秋田県のこの場所が選ばれた。しかし民家のない山奥ということで、運搬は一苦労だ。

参考:田代試験場 MHI公式Twitterより

田代試験場に運ばれたエンジンを実際に燃焼させて推力などを確認する。今回試聴した動画では、エンジンは横向きに配置され、エンジンの先にはコンクリートの壁が配置されていた。壁を斜めに配置することで炎が自然と上に逃げるので、エンジンに影響を与えず、さらに山を燃やしてしまうのを防いでいる。火炎の温度は数千度にもなり、何も対策をしないとコンクリートも溶かしてしまうため、壁に水を撒いている。それでも試験後のコンクリートは真っ赤になるのだから相当な温度だ。

参考:燃焼試験の様子 MHI公式Twitterより

燃焼試験が終了した後は再度愛知県にある飛島工場まで運ばれ、胴体に組み込まれる。そして種子島の打ち上げ場から打ち上げられる。

航空機エンジン整備工場

B747等に搭載されている大型エンジンであるPW4000と、A320等に搭載されている中型エンジンであるV2500の整備現場である第6工場を見学した。エンジンはまずファン、 燃焼室、 低圧タービン、高圧タービンなどの大まかなモジュールに分解されたあと、 細部まで分解される。 広い場所にエンジンのさまざまな部品が分解されて並べられており、すべての部品に客先企業名や何日に受け取ったかなどの用紙が張り付けてあり品質管理の徹底を感じた。同じ製品であっても使用状況によって状態が異なるので、 状態に合わせた整備を行う必要があるのだそうだ。

続いて実際に整備を行っているスペースに移動した。

現在整備中のV2500が4つ、 補機の一部が取り外された状態でマウントされていた。エンジンの表面には多くのパイプが走っており、 その多くがグネグネと曲がった形状をしていた。 これはエンジン内の限られたスペースで現在は取り外されている部品を避けてパイプを通すためと、 温度変化により配管が膨張、 収縮したときの為のマージンをとるため等の理由があるとのことだ。

三菱重工公式HPより

エンジンのそばには、取り外されたパイプが一つ一つ袋に入れられて保管されていた。これは配管内に異物が入ってしまうのを防ぐため、 封をして保管しているそうだ。大学の授業ではエンジン内部の熱サイクルや中心部にある燃焼器等については触れたが、 エンジン回りの潤滑のための装置等の周囲の補機が多数あり、 実際に稼働させるには様々な装置を用いてコントロールすることが必要なのだなと感じた。

その隣では天井に吊り下げられたクレーンを用いて部品を持ち上げ、整備が行われていた。 整備士の方が、懐中電灯で照らしながら燃焼器を一つ一つ取り外していた. 普段はナセル(飛行機のエンジンカバー)におおわれた状態でしか見ることのできない航空機エンジンが、教科書の写真で見た燃焼器にまで目の前で分解されているのを見て学習内容が現実につながっていることを実感できて感動した。

ここで整備されたエンジンは再び組み立てられ、 試運転を行った後に専用の台車に積んで、カバーがされ出荷される。

エンジンには多くの回転部品があるため、 回転バランスを保てるような組み立て方をしなければ、 使用部品が全て正常であっても十分な性能を出せなくなってしまうと教えていただいた。 案内をしてくださった方の所属する生産技術部門では、回転バランスを保てるよう、バランス修正設備の導入や治具作成をしたり、エンジンマニュアルだけでは分からないことが現場で生じた際に、メーカーと連絡を取るなどして整備方法を考えたりする役割を果たしているとのことだ。

ギャラリー

ギャラリーには、三菱重工が今まで製造してきた製品のうち、主に航空機用エンジン、そしてそれを説明するパネル等がずらりと並べられていた。部屋内を一周して観覧する構造になっており、入って反時計回りに回ると製品を時代順に見ていくことができた。

まず入って正面には、V2500等現在の主力となっているエンジンのカットモデルが置いてあった。ファンが実際に回転させられるようになっており、内部の構造も観察することができた。大半は金属で作られていたが、製造権を持っていない部分に関しては段ボールを使い再現したという。模型からも技術の高さを窺い知ることができた。

右に進むと、時代は戦前に戻る。三菱重工の航空機エンジンの製造は、外国企業の製品の輸入から始まった。輸入した製品を研究し、自らの製品の製造に生かすことによって技術力を高めていった。 当時製造されていたエンジンの手書き製図が青図で残されており、その精緻さに感動すると共に自分にこれができるようになるのかという不安も覚えた。

奥に進み、戦争の色が濃い時代に入ると、三菱重工も戦闘機用のエンジンを製造することになる。プロペラ機に搭載する星型エンジンを製造しており、当初主流であった水冷式エンジンと、その後様々な理由により主流となった空冷式エンジンが展示されていた。

戦争が終わると日本は敗戦国となり、一切の航空機産業が廃された。三菱重工は今までの製品の製造を禁止されたために、金属加工の技術を活かし製造された金属製の皿等が展示されており、本来の製品を製造できない苦悩と工夫が感じられた.

航空機製造の禁がとけると、三菱重工も航空機エンジンの製造を再開する。当初は完全に技術力が不足しており、外国企業とのライセンス契約という形で製造を開始し、技術的供与を受けることによって技術力を回復していった.

その後には戦後製造された製品が展示されており、航空機エンジンの他にもH1ロケットの模型やヘリコプターに使用されるターボシャフトエンジンが展示されていた。ターボシャフトエンジンは想像していたよりも軸の部分が太く構造も複雑で、やはり安定して飛行させるためのシステムを実現するのは難しいことなのだなと感じた。また、ブレードが切断された状態でヘリコプターのギヤボックスが展示されていたが、切断面がとても綺麗な翼形になっており、感動を覚えた。

さらに進んだところには、素材ごとの持ち比べセットが置いてあり、素材によって同じ体積でどれくらい重さが異なるかが体験できるようになっていた。やはり近年開発された合金は単体よりも軽量化されていたが、炭素複合材料は金属よりも明らかに軽くなっていた。実際の大きさのエンジンのファンブレードが一枚置いてあったが、炭素複合材料で作られたものでもかなり重く感じた。一枚でこの重さであれば、素材を軽量化することによってかなり機体重量を削減できるのではないかという期待を持った。

また、金属をインクとする3Dプリンタによる部品の製造の研究の展示も行われていた。実際に製造された製品を触ることができたが、表面がかなり粗く、必要に応じて機械加工してから使用するそうだ。現状では正規の部品として使用できるまでには少し時間がかかるのではないかと思われた。

最後に、実際に機体の一部として使われてきたエンジンのファンブレードが2枚置いてあった。一つは経年劣化のため、もう一つはバードストライクのためそれぞれ損傷し、取り外されたものだった。バードストライクにより損傷した方には、事故の際できたと思われる凹みがあった。