2022年2月、ANAはeVTOL(空飛ぶ車)の運航実現に向けて、アメリカのベンチャー企業Joby Aviationと協力することを発表しました。
空飛ぶ車実現に向けて期待が高まる中、我々は、空飛ぶ車の事業化を推進しているANA デジタルデザインラボの保理江裕己さんにお話を伺いました。
まず、どうしてANAが新規事業に参入したのか気になりました。不動産事業など、他分野の事業で大きな収益を生み出す鉄道・バス会社とは異なり、航空会社はエアライン運営以外の事業へ進出しているイメージがあまりなかったからです。ANAが今新規事業を立ち上げている理由があるはず。保理江さんによるとリーマンショックが一つのきっかけになったそうです。それまでANAの収入は7,8割がエアライン収益で占められていましたが、そのリスクが顕になったため、他の事業ドメインを作り出すことを目的とした部署であるデジタルデザインラボが設立されました。そしてこの部署から空飛ぶ車事業参入のアイデアが生まれ、現在進行中なのだそうです。
では、なぜ新規事業ドメインが空とぶ車となったのでしょうか。単純に「空を飛んでお客様を輸送する」点で既存エアライン事業の技術を活かせるからなのか。保理恵さんのお話を聞くと、もちろんこのメリットも存在するが、それだけではないことが分かりました。空飛ぶ車は一台に乗せられる人数が限られることから、輸送人数が大量輸送機関に及ぶことはないです。必然的に料金も高くなり、客層は限られてきます。このようなニッチな事業では「体験として良い」ことを目指すのが良いそうです。グラウンドスタッフによる丁寧な案内や、上質な客室空間、そして地面から離れて移動している特別感。単純な移動だけでなく、優れた体験を利用者に提供するのです。ANAは長年エアラインを運営し、特にファーストクラスやビジネスクラス、上級会員制度などで、上質な移動体験を提供する技術を蓄積してきたため、それらを生かすことができます。そしてもうひとつ、ANAが空飛ぶ車事業を行う上で大きなアドバンテージとなるのが、「信頼」だそうです。空飛ぶ車という目新しい技術には、市民の事故への不安感がどうしてもつきまといます。所定の基準を満たせば得られる「安全」だけでは足りないのです。70年以上もの歴史を通じて社会から信頼を得てきたANAだからこそ提供できる「安心」がある、ということです。歴史ある大企業ならではの戦略だと感じました。
次に空飛ぶ車事業が目指す具体的な世界観について尋ねました。一体、私たちの移動はどのように変わるのでしょうか。保理恵さんは、街の中に小さな空港が誕生し、電車や高速バス感覚で空を移動できるようにしたいとおっしゃっていました。さらに、アプリで簡単に予約ができて、地上の交通機関からシームレスに乗り換えができることも目指しているそうです。インタビュー中に特に印象に残ったのは、保理恵さんが、飛行機に乗る時のような手続きの煩雑さを無くしたいと熱く語っていた場面です。予約、チェックイン、保安検査、改札のような手続きの代わりに、アプリで手続きをサッと済ませることが理想なのだそうです。確かにこれが実現すれば、所要時間が短縮されるとともに、面倒な手続きが無くなることによるUX(User Experience; 利用者が得られる経験)向上が見込めます。そもそもが4人乗り程度の小規模の輸送機関であるため、搭乗にかかる時間もセキュリティチェックにかかる時間も短いのも特徴なのだそうです。そしてアプリに空とぶ車だけでなくタクシーの配車システムや電車・バスの乗り換え案内機能も組み込みたいとおっしゃっていました。出発地から目的地までの移動の予約や案内を全て一つのアプリ内で完結させることによって、空飛ぶ車を含めた移動の体験の質は大きく向上しそうです。近年流行りのMaaS(Mobility as a Service; ITを用いてあらゆる交通手段をシームレスに結びつけて、利便性と効率を向上させる取り組み)との相性がとても良さそうです。
最後にこれから事業を進めて行く上での課題についてお尋ねしました。やはり、最大の障壁は法律なのだそうです。全く新しい乗り物であるため、空飛ぶ車用の法律を作るところから始めなければならず、長い時間と努力が必要になります。例としてヘリポートが挙がりました。高層ビルの屋上にHマークがついているのを目にすることがあると思いますが、実はそれは火災時の避難用の緊急離着陸場といい、普段から航空機の発着に用いることは認められていないのです。保理江さんは街中の小さな空港を作るために、ビルの所有者と協力関係を作ることも行なっているそうです。ビルの屋上が空港として認可されれば、空飛ぶ車が発着できてビル内の施設への集客効果が期待できるため、両者にうまみがあるということです。
今回のインタビューでは空飛ぶ車本体の技術に関してというより、運用についての話題が中心でした。私たち航空宇宙工学科3年生は今までの授業で航空機の技術に関して少しばかり学んできましたが、実際の運用についてはまだほとんど触れていなかったため、大きな刺激を受けることができました。これから急速に発展していきそうな空飛ぶ車に期待が高まります。